なぜ日本でトランス脂肪酸が禁止されないか

先進国で(日本で)トランス脂肪酸が禁止されていないのは、とても不名誉なことです。色んな言い訳があるにしても、それは国民の健康に配慮していないことを意味します。例えば、スーパーに売っているクッキー。日本ではショートニングが使われていますが、他の先進国では使われていません(健康に悪すぎるため)。

この記事では、アメリカでトランス脂肪酸が禁止されるに至った歴史を振り返り、なぜ日本で禁止されないかを考察します。

油と健康の関連性についてはここでまとめています。

トランス脂肪酸が禁止されるまでの経緯(アメリカ)

トランス脂肪酸が禁止されるまでの経緯(アメリカ)

そもそもトランス脂肪酸とは、不飽和脂肪酸の一部を水素化し、油なのに個体で安定化させたものです。これは19世紀後半に化学者がはじめて合成し、安価かつ個体で輸送が簡便となったため、またたく間に商用利用されていきました(Annu Rev Nutr. 1995;15:473–493.)。具体的には、マーガリン、ショートニング(として)、レストランでの揚げ物、ドーナッツ、クッキーなどに使用されてきました。

その当時、トランス脂肪酸は健康なものと考えられていました。なぜなら植物性油から合成されているからです。それまでは、動物性油に代表される飽和脂肪酸が主流だったので、一気にトランス脂肪酸の消費が増え、アメリカ人の全カロリーのうち2-3%をトランス脂肪酸が占めるようになりました。ちなみに現在WHOは1%以下の摂取とするよう推奨しています。

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それから100年弱経ち、1981年にある症例対照研究が出版されました(Am J Clin Nutr. 1981;34(5):877–886.)。心筋梗塞 or 他疾患で死亡した患者の脂肪組織を調べると、心筋梗塞患者において、トランス脂肪酸由来の脂肪が不飽和脂肪酸由来の脂肪より多い傾向にあった、という報告です。

その約10年後、New England Journal of MedicineとLancetという最も権威の高い医学誌に、「トランス脂肪酸はLDLコレステロール(悪玉コレステロール)を上昇させる(N Engl J Med. 1990;323(7):439–445.)」、「トランス脂肪酸は心血管疾患の発症に関わる(Lancet. 1993;341(8845):581–585.)」、という重要な報告がなされました。

2003年、イリノイ大学のFred Kummerow教授主導の下、ハーバードや他機関が政府に働きかけました(The New York Times)。そして2006年、FDAが「食品ラベルにトランス脂肪酸の量を表示しなくてはならない」と定めました。

これがものすごいインパクトでした。そのころ、ほぼ全てのクッキー、シリアル、クラッカーにトランス脂肪酸が使われていたのですが、消費者がトランス脂肪酸を避け始めたため、企業は他の調理法を必至で模索しました。結果、2010年にはほとんどの製品が飽和脂肪酸を使って作られるようになりました。100年前の調理法に戻ったのです。ちなみに、このラベルのお陰で、アメリカ人の血中トランス脂肪酸が58%も低下したとの報告があります(JAMA. 2012;307(6):562–563.)。ラベリングだけで。

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更に研究が進み、2015年にFDAは「トランス脂肪酸は一般的に安全と考えられていない(no longer generally recognized as safe)」と発表。来る3年間でトランス脂肪酸の全廃を指示しました。いくつかの細かい例外はありますが、それも2021年までには認められなくなります。

決定的なエビデンスが出た1990年から、約30年で完全廃止まで至ったのです。科学的根拠が国の政策を動かし、public healthに寄与した非常に良い例なのでした。

日本ではトランス脂肪酸が禁止されていない。。

日本ではトランス脂肪酸が禁止されていない。。

もちろん日本でも問題となりました。2005-2007年に農林水産省が調査を行い、2012年に食品安全委員会が報告書を公表しました(参考資料)。この発表にて、「日本人の大多数がエネルギー比1%未満(約0.3%)であり、また、健康への影響を評価できるレベルを下回っていることから、通常の食生活では健康への影響は小さいと考えられる(ため規制は必要なし)」と結論されました。

結果、販売が制限されるどころが、ラベリングの義務も課されず、現在に至るわけです。

つまり日本人の平均摂取量が少ないことが、トランス脂肪酸販売を許可する理由になっています。これは妥当なのでしょうか?

日本の政策決定は科学的・倫理的でない

本来であれば、米国の運動のきっかけになった報告(Lancet. 1993;341(8845):581–585.)のように、「日本人において、トランス脂肪酸がどの程度心血管疾患の発症や死亡に寄与しているか」というのが科学的な根拠なわけです。しかし日本の根拠は、「今、日本人は平均してどのくらいトランス脂肪酸を摂取しているか。」これに基づいた政策決定が妥当でなわけありません。理由は例えば以下のとおりです。

・平均で摂取量が低くても、中にはたくさん摂取して、そのせいで心血管疾患となる人がいる

・WHOの基準の1%というのは日本人を基準にしていない。地球人を一律の対象としており、特に発展途上国の目安(国民の健康にかけるお金が少ないから)

・そもそも1%未満ならよいというわけでない。トランス脂肪酸摂取と心血管疾患の因果関係は用量依存的にほぼ間違いない

・トランス脂肪酸の平均摂取量が少ないから規制が必要ない、というのは論理的に正しそうだが、倫理的に正しくない。ふつう倫理的には、健康に悪いもので代替があるものは禁止されるべき

まあこんな事は、科学者なら誰でも理解できます。日本でトランス脂肪酸が禁止されていない原因は、他のところにあるでしょう。

日本での政策決定が科学に基づいていない原因を考察

日本での政策決定が科学に基づいていない原因を考察

ここからは私の妄想ですが、お付き合い頂ければ嬉しいです。

日本経済との関わりは、とても重要な要素です。マーガリンとショートニングは国内産業保護のため高い関税が設けられており、国内生産量は極めて多いのです(マーガリンで15.3万トン、参照)。マーガリンやショートニングを作るメーカーの団体、日本マーガリン工業会には、多くの有名企業が名を連ねています;花王、日清オイリオグループ、明治、雪印など(日本マーガリン工業会HP)。よくテレビ番組にスポンサーしている企業です。だから、トランス脂肪酸が悪いという世論が形成されにくく、政策に反映されにくいのかもしれません。

そして、日本の公衆衛生領域の学者が政策に及ぼす力が弱いかもしれません。健康に関する政策決定については、日本では医師会(開業医)が多大な影響力をもっています。米国では医師が公衆衛生学の教授になるのはよくあるキャリアパスですが(特に外国籍の医師)、日本ではマイナーです。そもそも医師は体系だって疫学のトレーニングをうけていないので、こういうトピックは医師にはあまりメジャーでありません。臨床医が問題意識を持ちづらい所です。

2012年以降政策変更されていないので、おそらく今後も日本でトランス脂肪酸が禁止されることはないでしょう。

ただ、日本マーガリン工業会によると、マーガリンやショートニングに含まれるトランス脂肪酸の量は低減される傾向にあるようです。良いニュースですね。

結論

結局、自分の身は自分で守ればよいわけです。少しトランス脂肪酸を摂った所で健康にはあまり関係無ので、習慣的に摂取しないよう気をつければOKです。

国の政策には科学以外のところも多分に関わってくるので(特に日本)、なかなか変わりません。私達が正しいヘルスリテラシーを身につけ、自分や自分の周りの行動を変えていくことが大事です。

ではまた。