「飽和脂肪酸は健康に悪くない」と結論された事件

(シス)不飽和脂肪酸は心血管疾患を予防する根拠があり、摂取が推奨されている油です。一方、バターに代表される飽和脂肪酸は、相対的に健康に悪いといわれています。しかし2014年、Annual of Internal Medicineという有名医学誌に「飽和脂肪酸は健康に悪い根拠は乏しい」と結論した論文が出版され、激震が走りました。Time誌の表紙は「Eat Butter」となりました・・。

実際はどうなのか、なぜこのようなことが起きたか、この記事で説明します。この記事を読むことで、メタ解析といっても信頼性が担保されているわけでなく、(このブログでやっているように)その解釈が重要だということがわかります。

飽和脂肪酸は健康に良くないということだけ確認したい方は、この記事を読む必要ありません。

「飽和脂肪酸は健康に悪くない」と結論された事件

「飽和脂肪酸は健康に悪くない」と結論された事件

栄養疫学界隈では有名なエピソードです。

2014年、Annual of Internal Medicineという雑誌に「飽和脂肪酸は健康に悪い根拠は乏しい」と結論した論文が出版されました(Ann Intern Med. 2014;160(6):398–406.)。これは32のコホート研究を対象としたメタ解析で、50万人以上を総合したデータです。結果、飽和脂肪酸をたくさん摂取している人とそうでない人を比較し、心筋梗塞の発症に差はなかった、と結論しています。(実は、(シス)不飽和脂肪酸をたくさん摂取している人とそうでない人を比較し、心筋梗塞の発症に差はなかったとも報告されていたのですが、それは誤りだったことが判明し、訂正されています)

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飽和脂肪酸とは、バターに代表される動物性油です。バターを摂取しまくっても心筋梗塞にならない!? というある意味センセーショナルな結論だったので、Times誌を含む一般メディアが取り上げ、話題となりました。

が、実は著者らは栄養疫学の専門家でなかったのです。データだけをみてメタ解析すればそうなったんですが、そこには致命的なエラーがありました。なんとこの記事に対し、速やかに10論文以上の反論・手厳しい批判が出版されました(後述)。

結論として、飽和脂肪酸は避けたほうがよい、(シス)不飽和脂肪酸を替わりに摂ったほうが良い、という常識的な結論にはかわりありません。ちなみに、ここでトランス脂肪酸については触れていません(当然すぎる害なので。日本では禁止されていませんが)。

このエピソードを聞いて、2019年の赤肉事件を思い出された方もいるかもしれません。本質は非常に似ています。そしてなんと、同じAnnals of Internal Medicine誌です・・。詳細はこちら

全世界からの痛烈な批判

全世界からの痛烈な批判

通常、常識に反することを発表しても、科学界で袋叩きにあうことはありません。それがinnovationにつながることがあるから。しかしこの論文は「メタ解析という、過去の論文データを基にした解析であったこと(著者らのオリジナルデータでなかったこと)」と「大衆に誤った認識を与え、公衆衛生を著しく害する可能性があったこと」から、痛烈に批判されました。次のようなものです・・

相対的な他の脂肪酸の摂取量、という観点が欠落している(Ann Intern Med. 2014;161(6):453.)。例えば、飽和脂肪酸の摂取が多い人は、不飽和脂肪酸の摂取が少ない。そのどちらが、健康効果に影響しているかは、このメタ解析ではわからない。

・相対的な他の脂肪酸の摂取量、という観点が欠落しているから、特段何のメッセージもない(Ann Intern Med. 2014;161(6):456–457.)。ただ誤解されやすい報告をしただけ。

・「全体のカロリーのうち○%」という、(栄養学領域で)常識的な比較がなされておらず、信用ならない解析だ(Ann Intern Med. 2014;161(6):457–458.)。

・2010年のメタ解析(PLoS Med 2010;7:e1000252)と結論が違うのは、全体のトランス脂肪酸の摂取が高いコホート研究を1つ追加した結果に過ぎない(Ann Intern Med. 2014;161(6):454–455.)。

・2つのコホート研究の解釈が誤っている。除いて解析されるべきだ(Ann Intern Med. 2014;161(6):453–454.

・結論はEcological fallacy(飽和脂肪酸の影響が全体に一律だとする、不条理な推定)から免れない(Ann Intern Med. 2014;161(6):454..)

・不飽和脂肪酸の種類という観点がない(Ann Intern Med. 2014;161(6):456.)。

・そもそも、一つの栄養素で健康を語るのに限界がある(Ann Intern Med. 2014;161(6):458.)。

何度も言いますが、おそらく真実は「(シス)不飽和脂肪酸は健康によく、飽和脂肪酸は健康にちょっと悪い」ということです。だから、飽和脂肪酸の替わりに(シス)不飽和脂肪酸を摂るべきです。

※マーガリンなどのトランス脂肪酸は健康に悪すぎるので、論外です(詳細こちら)。

研究者人生終わった・・、と思ったであろうに

研究者人生終わった・・、と思ったであろうに

筆頭著者のRajiv Chowdhuryは、イギリスの名門ケンブリッジ大学の疫学者です。この論文が袋叩きにあって、研究者人生終わった・・、と思ったと勝手に想像しましたが、今でも現役で准教授をやっています。メタ解析が専門のようで、引き続き色々なメタ解析をpublishしまくっています。筆頭著者としては、例えば2018年に「大気の金属による汚染と心血管疾患の関連」をメタ解析してBritish Medical Journalに出版しています(BMJ. 2018;362:k3310.)。

彼がやったような、「専門知識がなかったための過ち」は不正ではないので、科学界で厳しく追求されることはありません。栄養学領域での論文が通りにくくなるくらいでしょう。そもそも彼はメタ解析が専門のようなので、トピックはそれほど問題でないでしょう。

一方、特に日本でよく摘発されるいわゆる研究不正は厳しく罰されるべきで、実際研究者人生終わります。研究不正とは、簡単に言えばデータの改ざんです(ディオバン事件とか)。米国で研究すればわかりますが、データが非常に厳重に管理されます。一流誌への論文出版は(アメリカ人との)コネが重要なので、日本での研究はなかなか日の目をみないですが、だからといって研究不正してよい理由にはなりません。今後日本人の研究不正がでないことを祈っています。

結論

メタ解析は誰にでもできて、質が高いエビデンスと評価されるので有名な医学誌に出版できるかもしれません。が、やはり専門家でないと、細かいことはわかりません。栄養学は一見誰にでもわかりそうですが、複雑で難しい学問です。

ではまた。

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