科学的な説明をしても伝わらない。
別に難しいこと言ってないのに、理解してくれない。
この悩みを抱える医者、疫学者は多いです。
学歴の高い低いに関係なく、伝わらない事がよくある。
これは、聞き手の「要素還元主義」的な考え方が原因だと思います。
これを噛み砕いて説明していきます。
多くの日本人は「要素還元主義的思考」に囚われている
コーヒーは健康に良いことを説明したい。
私:「食習慣と健康のアウトカム(死亡率など)を記録した数万人のデータを用いて、コーヒーをたくさん飲む人ほど死亡率が低いということがわかっている。他の色々な因子で調整しても(他の因子の条件が同じだとして比較しても)、同様の結果だった。さらに、今までの数十の研究を合わせて解析しても(メタアナリシス)、同様にコーヒーは死亡率低下と関連した」
(これを平易に説明した)
相手は、あまり釈然としていない。
相手:そうじゃなくて、「コーヒーはカフェインが含まれていて、カフェインには抗酸化作用がある。酸化は老化に関わるから、それを防止するコーヒーは健康にいい。」こういう説明のほうがスッキリするんだよな。
私:でもカフェイン以外にも色々含まれるから、カフェインの効果=コーヒーの効果じゃないでしょ?
相手:うーーん。。。。でも「コーヒー飲んでる人が死亡率低かった」って言われても、なんでかわからないから信憑性が低いでしょ?
私:それは色んなメカニズムが考えられるよ。抗酸化作用だってそうだし、カフェイン以外にも色んな栄養素あるから一概にいえないでしょ?
相手:(釈然としていない)
こうやって、科学は伝わりません。
*「コーヒーを飲んだら〇〇」という因果関係は上記のメタアナリシスからは言えないのですが(観察研究をベースにしているため)、それは別問題のため置いておきます。コーヒーについてのエビデンスはこちら。
私自身、こういう事象を複数回経験があり、なんでわかってくれないか、全然わかりませんでした。
そこで、
Twitterで伺ってみたら、フォロワー様よりこんな回答が。
(要素)還元主義ですね。
大変興味を持ったので、調べてみました。
要素還元主義とは
日本で比較的定着している定義では
・考察、研究している対象の中に階層構造を見つけ出し、上位階層において成立する基本法則や基本概念が、「いつでも必ずそれより一つ下位の法則と概念で書き換えが可能」としてしまう考え方のこと。
・複雑な物事でも、それを構成する要素に分解し、それらの個別(一部)の要素だけを理解すれば、元の複雑な物事全体の性質や振る舞いもすべて理解できるはずだ、と想定する考え方
(Wikipedia)
まさに、です。
木を見て森を見ず。
歴史は古代ギリシャに遡るそう。
近代では17世紀、デカルトが「世界を機械に譬え、世界は時計仕掛けのようであり、部品を一つ一つ個別に研究した上で、最後に全体を大きな構図で見れば機械が理解できるように、世界も分かるだろう」という主旨のことを述べた。
この内、前半の「分解」だけを重視するのが還元主義。
20世紀には哲学者により還元主義の理論が深まっていきました。
簡単に言えば、一部の要素だけに言及してそれだけで事足れりとする姿勢を言います。
要素還元主義は成功した事例もあるが
全体から要素を抽出してみる、という事自体は、科学の発展において重要でした。
特に物理学や化学。
相手が無機物であれば、要素を理解することは直接全体の理解に繋がります。
学校で習う多くの科目は、かなり要素還元主義に基づいています。
無機物を対象とする、答えのある問題がほとんどだから。
「答えがある、わかる」という認識から脱さない限り、要素還元主義に囚われます。
義務教育の弊害。
生物は別。
一つの要素では全く全体は見えません。
病気を考えると、感染症以外、治る病気が殆どありません(例えば糖尿病。血糖は下げられても治らないですよね)。一つの箇所を変えても、病気自体は治らないです。
食事も同じ。一つの栄養素で説明できることはたかが知れています。
でもこれが、要素還元主義的な考え方では理解できないのです。
*要素還元主義の最たる例が、「コーヒー発ガン性物質含んでるからラベルの義務化」事件でしょう。詳細はこちら。
新型コロナを前にして要素還元主義が問題となっている
新型コロナという公衆衛生的なissueの解決には、統合的なアプローチ(transdisciplinarity)が必要です。
当然。
しかし、今までの対応は要素還元主義的である(reductionist approach)。
こういう批判をした論文が発表されています(Public Health 2020 10.1016/j.puhe.2020.06.019)。
例えば、
↓
・死亡の原因はCOVID-19による、という考え。
・数人のウイルス学者や有名人がスポットライトを浴びて意見を発表している。
→ウイルス学は新型コロナ問題の一部に過ぎないですよね
→実際は病理学、微生物学、疫学それぞれの専門家との対談が、一般市民や政治家に伝えられるべきです
・新規患者数と死亡者数しかメディアは発表しない。
→これはCOVID-19の勢いの一つの側面に過ぎない。
・みんな、PCR結果が絶対という認識になってしまっている(専門家がかなり啓蒙しているにも関わらず)
・「ウイルスをどうもらわないか」だけに注意がいっている。
→ベースの生活習慣を良くしたりしてウイルス耐性を増やそうという方向に向かない
これらは全て、「COVID-19の問題は全てSARS-CoV2というウイルスの問題だ」という要素還元主義的な考え方のせいと言えます。木を見て森を見ず。
木も森もみなくてはいけません。
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上記論文の例が「要素還元主義の弊害」を適切にすごく指摘しているわけでないかもしれません。
ですが、この考え方が科学的解釈を阻害することは間違いありません。
科学情報を伝える側も、これをはっきり認識することが大事です。
結論
要素還元主義は科学的な解釈を阻害する考え方。
日本教育にbuilt-inされている問題といえる。
食事の健康効果の正しい解釈ができないだけでなく、コロナの問題もうまく対応できない原因となる。
ではまた。