心不全の治療って、体液コントロールがメインだと思っていませんか?
利尿薬は大事なんですが、生命予後を伸ばすというエビデンスには実は乏しいのです。
予後を良くする薬は他に、なんと4つもあります。
全部使ったらどれだけ良いんでしょうか。
こんな疑問に答える研究が発表されたので、これを解説します。
*この記事でいう心不全は、EFが低下している心不全(HFrEF)を指します。
心不全の治療薬って4つもあるの?【利尿薬以外】
心不全といえば利尿薬、というのは古い考え方です。
予後を良くするエビデンスには、実は乏しいのです(必要な方は多いですが)。
メインの治療薬は4種類ほどあります。
2つは誰でも知っていそうな薬です。
β遮断薬とACE阻害薬(またはARB)
この2つは昔から使われていますね。EFが低下した心不全のメインの治療が、β遮断薬の導入と考えている人も多いかと思います。
*以下、(またはARB)を省略します。
最近、この2剤に加えて、
・ミネラルコルチコイド受容体作動薬(MRA):アルダクトン、エプレレノン
・SGLT2阻害薬
の効果が証明されてきました。
*SGLT2阻害薬は糖尿病治療薬ですが、心不全に対する治療薬としても効果が証明され、アメリカでは承認されているようです(日本ではまだかもしれません)。
さらに、
・アンギオテンシン受容体・ネプリライシン阻害薬(ARNI):サクビトリルバルサルタン
という薬が、ACE阻害薬よりも良い、と最近の臨床研究で言われています。
つまり最強の治療薬の組み合わせは、
β遮断薬+MRA+SGLT2阻害薬+ARNI
という事になっています。
でも、従来の
β遮断薬+ACE阻害薬
で治療している臨床医が多いと思います。
*実際、新薬の処方率が少ないというデータがあります。
最強の4剤の組み合わせ vs 従来の2剤、どれくらい治療効果が違うのか。
これを検討した研究が発表されました(Lancet 2020 10.1016/ S0140-6736(20)30748-0)。
方法は?
実際この2つを比較したランダム化試験は無いので、複数のランダム化試験を使ったシミュレーション研究です。
使ったのはこの3つのRCT:
・EMPHASIS-HF試験:MRA(エプレレノン) vs プラセボ
…+β遮断薬+ACE阻害薬(全員)
・PARADIGM-HF試験:ARNI vs ACE阻害薬
…+β遮断薬(全員)
・DAPA-HF試験:SGLT2阻害薬 vs プラセボ
…+β遮断薬+ACE阻害薬;11%はACE阻害薬の代わりにARNI使用
Putative placebo analysisという手法でシミュレーションしました。
*例えば:
MRA+SGLT2阻害薬+ACE阻害薬+β遮断薬vs ACE阻害薬+β遮断薬
=「SGLT2阻害薬+ACE阻害薬+β遮断薬vs ACE阻害薬+β遮断薬(EMPHASIS-HFの結果)」
×「MRA+ACE阻害薬+β遮断薬vs ACE阻害薬+β遮断薬(DAPA-HFの89%の結果)」
→このようにして
MRA+SGLT2阻害薬+ARNI+β遮断薬vs ACE阻害薬+β遮断薬
を算出しました。
さらに、この結果を基にEMPHASIS-HFにて、「治療群がこの4剤の治療だった時のsurvival」をシミュレーションしました。
Putative placebo analysisは経験ないので、細かい方法はわかりませんが、なんとなくこういう感じだと掴めればよいかと思います。
※重要なポイント(limitation)は、以下の通り
・薬間のinteractionがないと仮定していること:
「MRA+SGLT2阻害薬+ACE阻害薬+β遮断薬 vs SGLT2阻害薬+ACE阻害薬+β遮断薬」
=「MRA+ACE阻害薬+β遮断薬 vs ACE阻害薬+β遮断薬」
ということ
…一部作用するpathwayがかぶっているので、これが成り立つとは言えないでしょう
→一応論文では感度分析して確かめています
・アドヒアランスが長期間保たれるという推定
・治療効果(例えばハザード比)が長期フォローしても変わらないという推定
…これは明らかに誤りですね。
→多くの場合、プラセボと治療群のsurvivalは長期フォローすると近づいてきます
・他の薬(ジゴキシンなど)やデバイス(ICDやCRTD)を考慮していない点
→これはしょうがないですが、重要です。
*それぞれのRCTの集団characteristicsが異なるのもlimitationですが、純粋に薬の効果を推定しているだけなので、そこまで問題でないかもしれません。
結果・・・・凄いことに
最強の4剤 vs conventionalな2剤で、
・死亡または心不全の入院に関してはHR=0.38 (95%CI: 0.30-0.47)
・死亡に関してはHR=0.53 (95%CI: 0.40-0.70)
という驚きの結果に。
EMPHASIS-HFのシミュレーションでは、
・3年間のNNT(1人の死亡を防ぐのに何人治療するか):8-16
…かなりすごいですね。
・55歳の人では
→イベント発生(死亡または心不全の入院)まで14.7年 vs 6.4年(8.3年の違い)
→死亡まで17.7年 vs 11.4年(6.3年の違い)
という物凄い治療効果となりました。
*ACE阻害薬+β遮断薬+MRAが比較対象とされると(スピロノラクトンが処方されているケースは実際多いです)、ACE阻害薬→ARNIとしてSGLT2阻害薬を加えることで、
・HR=0.64
・イベント発生まで1.2-4.1年延長される
・死亡まで0.8-3.1年延長される
という結果となりました。
解釈は?
「MRA+SGLT2阻害薬+ARNI+β遮断薬」は、HFrEFに対しかなり強力な治療効果が見込まれる、ということは間違いないでしょう。
ただ注意しなくてはいけないポイントは、
・「ACE阻害+β遮断薬+スピロノラクトン」は実際よく処方されており、これと比べた4剤の効果はそれほどでもないかもしれない
・全ての薬が独立に効果を表す、という強力なassumptionが前提になっているので、4剤の効果が過大評価されている
・その他上記のlimitationは割とクリティカルなので、結果の数字をそのまま解釈するのは難しい
といった所でしょう。
よって、この4剤が理想的なのは言うまでもないが、その凄さはこの論文の結果ほどではなさそう、と言えそうです。
→結局、「この4剤 vs ACE阻害+β遮断薬+スピロノラクトン」というRCTが結論を出してくれます。
一方、この論文が主張したいことは、効果が見込まれる薬が処方されなさすぎですよ、ということでしょう。
実際ACE阻害+β遮断薬だけの患者は多いです。
予後を改善させるオプションが多数あることを念頭においておきましょう。
結論
MRA+SGLT2阻害薬+ARNI+β遮断薬、が最強の治療。
シミュレーションではその治療効果はすごいが、実際はそこまでではないかも。
しかしこういう治療のオプションがあることを念頭に置いておくのが大事。
ではまた。