大動脈弁狭窄症って、大動脈弁が固くなっちゃう病気ですよね。
明らかに動脈硬化に関係ありそうな気がしますが・・・・今まで、LDLコレステロールはあまり関係ないと言われてきました。
でも本当でしょうか??
この因果関係を、Mendelian randomization studyにより深く追求した研究が発表されました。
今までのエビデンスも含めて解説していきます。
*Mendelian randomizationについての記事を先にお読みください。
LDLコレステロールって大動脈弁狭窄症に関係ないの!?
これ国家試験や内科専門医の試験では時々聞かれるらしいです。
関係なし、というのが正解だそう。
この根拠となっているのは、今までの「スタチン vs プラセボ」のランダム化試験(RCT)で、大動脈弁狭窄症の発症率に差がなかった事です。
*観察研究では、LDLと大動脈弁狭窄症の関係を示唆したものは実はあります。
しかし、観察研究では結局因果関係は言えないので、RCTのエビデンスがより信頼できるとされています(詳細こちら)。
でも、本当に関係ないと思いますか?
常識的に考えて。
実際、今まで行われてきたRCTは
・サンプル数が少ない
・フォローアップ期間が少ない
などの理由で、理想的なRCTとは言えないものばかりでした。
今回紹介する論文は、Mendelian Randomizationという手法で「LDLと大動脈弁狭窄症の因果関係」を検証したものです(European Heart Journal (2020) 0, 1–10)。
この論文で用いたMendelian randomization
Mendelian Randomizationの具体的な方法とlimitationはこの記事で紹介しています。
この論文では、
「LDL, HDL, 中性脂肪に関連する157の遺伝子変異のsummary measure」
をInstrumentとしています。
「LDL(を含めた脂質)と大動脈弁狭窄症の因果関係」
を調べたいので、
✔暴露因子は連続変数としてのLDL, HDL, 中性脂肪
✔アウトカムは大動脈弁狭窄症(negative controlとして大動脈弁逆流と僧帽弁閉鎖不全症)
としています。
対象はGLGCという遺伝子研究の参加者19万人(ヨーロッパ家系)で、
脂質異常症治療薬内服中の方は除外しています。
*詳細な解析手法はかなり発展的なので理解する必要ありませんが、軽く紹介します。
・4つのMendelian Randomization (MR)を行い、3つ以上で有意な関連性があったら「因果関係あり」と結論ししました
…inverse-variance weighted, weighted median, MR-Egger, MR-PRESSOの4種類です
…後者2つはpleiotropyを調整する手法です(preiotropyがないことがMRのassumptionでした)
結果・・・LDLは大動脈弁狭窄症と因果関係あり?!
結局大動脈弁狭窄症に対するオッズ比(95%CI, p値)は:
LDL:1.64 per 1 SD (=0.98 mmol/l) (95%CI: 1.28, 2.11), p<0.001
HDL:0.99 per 1 SD (=0.41 mmol/l) (95%CI: 0.76, 1.29), p=0.93
中性脂肪:1.55 per 1 SD (=1 mmol/l) (1.20, 2.000, p=0.002
→LDLと中性脂肪は因果関係あり、という結果。
negative controlである大動脈弁逆流と僧帽弁逆流については、どれも有意な関連性は認められませんでした。
*感度分析も色々な方法で行っています
・「心筋梗塞や心不全を契機に発見された大動脈弁狭窄症」というアウトカム
・「大動脈弁狭窄症に対する大動脈弁置換術」というアウトカム
・心不全患者を除いた集団での解析
→全て同じような結果となりました
・Multivariable MR(inverse-variance weighted)という方法でも検証しました
→LDL、HDL、中性脂肪の相互の関連性を調整する方法です
→具体的には、暴露因子を「LDLのみ」とするのではなく、暴露因子を「LDL, HDL, 中性脂肪, LP(a)」というベクターとして解析します
→結果、中性脂肪と大動脈弁狭窄症との関連性は弱まりましたが、LDLとの関連性は変わりませんでした
解釈は?
おそらくこれは、「LDLと大動脈弁狭窄症の因果関係」について、かなり信頼できるエビデンスだと思います。
つまり、少なくともヨーロッパ家系においては、これは因果関係がありそうだと思われます。
limitationは、Mendelian Randomizationのassumptionに基づきます(参照)。
・遺伝子変異が本当にInstrumentか?
→これは完全には肯定できませんが、色々な方法で多角的に検証して一貫した結果が得られています
・遺伝子変異とLDLの関連性は弱くないか
→本文では触れられていませんが、おそらく弱くないです
・Defierがいないか
→わかりません。でも遺伝子変異の有無で生活習慣がそこまで変わると思えないことを考えると、あんまりいなそうです
→ということで、かなり質の高い解析と考えられます。
★2つだけ、大事なlimitationがありそうです。
①弁膜症のアウトカムなのに心臓エコーのデータを用いていないこと
大動脈弁狭窄症といっても意味あるものから無いものまで色々です。
感度分析で「大動脈弁置換」をアウトカムにして同じような結果に得られたのは大きいですが、オペのindicationによるバイアスは捨てきれません。
→やはりエコーで定義したsevere ASやmoderate~severe ASをアウトカムとして評価したかった所です。
②スタチンを内服していないpopulationだということです
LDLが高いのにスタチンを内服していない、という「アドヒアランスや生活習慣が悪そうな人」が含まれています
→彼らはLDLとは関係なしに大動脈弁狭窄症の発症リスクが高いかもしれません
=彼らのせいでLDL→大動脈弁狭窄症となっているかも、ということ
→LDL<140に絞った解析が見てみたい所でした
今までスタチンによる大動脈弁狭窄症予防を検証したランダム化試験は3つあり、どれも有意差なしとの結果でした
→しかし、これらはサンプル数が少ないことと、フォロー期間が短いことから、理想的なランダム化試験とは言えませんでした
→信頼性が高い結果とは考えられていません。
本来なら、より質の高いランダム化研究が行われるのが理想的ですが、そんなにホイホイと大規模ランダム化試験はできませんね。
よって、おそらくこのMendelian Randomizationはとても重要なエビデンスです。
*Mendelian Randomizationは結局観察研究ですが、これはかなり質の高い観察研究と思われます。
あまり根本的な非の打ち所がなさそうです。
Letter to Editorとか読んでみても、建設的な反論はみられません。
もし思いついた方がいたら教えて下さい。
結論
(今までのエビデンスに反して)LDLは大動脈弁狭窄症の原因かもしれない。
かなり質の高いMendelian Randomization研究でした。
ではまた。