面白い研究を発見してしまいました。
蚊の唾液に対するワクチンの治験。
ワクチンってウイルスとか細菌に対するものと思い込んでいたので、かなり斬新。
この方法は、蚊が媒介する多くの感染症を一気に防げるポテンシャルがあります。
初めての人での治験結果を紹介します。
Contents
蚊の唾液に対するワクチン!
蚊は人間を一番多く殺す生物です。
恐ろしい病気を媒介するから。
ちなみに二番目は人間。
蚊はこんな病気を媒介します:
マラリア
リンパ系フィラリア症
デング熱
黄熱
ジカウイルス感染症
日本脳炎
チクングニア熱
ウエストナイル熱
などなど。
日本は幸運にもそこまで恐ろしい病気は萬栄してませんが、世界では大問題です。
そして有効なワクチンがあまりない(日本脳炎はある)。
そこで天才たちが、蚊の唾液へのワクチンというものを開発しました。
この発想の転換がすごい。
動物実験レベルではかなりエビデンスが積み上がってきました。
安全性だけでなく、感染防御についても。
そこで今回、初の人間での治験結果が発表されました(Lancet 2020 10.1016/S0140-6736(20)31048-5)。
ハマダラカの唾液に対するワクチンの、安全性と抗体産生を検討した、Phase-1 trialです。
どういう研究?
健康な成人を対象として、
・ワクチン
・ワクチン+アジュバント
・プラセボ
にランダム化しました。
*アジュバントとはワクチンの効果を強くする物質です。
日本で認可されているのはアルミニウム塩で、百日咳、破傷風、HPV、B型肝炎などに使われています。
・day 0とday 21にこれらを接種
→day 42に病原菌をもっていない蚊(ネッタイシマカ)にかませ
→12ヶ月フォローして安全性、抗体産生、T細胞の反応について評価しました。
*ハマダラカに対するワクチンだけど、抗原暴露させたのはネッタイシマカ、というのが一つのポイントです。
結果は?
ワクチン+アジュバント群17人
ワクチン群16人
プラセボ群16人
にランダム化されましたが、
結局全行程できた人はそれぞれ15人、14人、12人でした。
<安全性>
ワクチン+アジュバント群の1人が、ワクチン接種箇所が8cmほど赤くなってしまいました。
→2週間後に消失しましたが、2回目の接種は行われませんでした。
蚊に刺されても全参加者に特に問題は有りませんでした。
(免疫の過剰反応を懸念していました。本来ならハマダラカに噛ませるべきですが)
フォローアップ期間、一番差があった副作用は、ワクチン接種部位の腫脹でした。
これが起きたのは
ワクチン+アジュバント群で9人
ワクチン群で2人
プラセボ群で1人
でした。
他、ワクチン接種部位の紅斑、かゆみ、痛みが、ワクチン+アジュバント群に多い傾向がありました。
全身の副作用は、3群間で差はありませんでした。
<抗体産生>
蚊の唾液に対するIgG抗体の産生について、このような結果となりました:
day 42: ワクチン+アジュバント群が、ワクチン群やプラセボ群より多い
day 102: ワクチン+アジュバント群が、ワクチン群やプラセボ群より多い
day 332: 3群間で差はなし
*delta ODの比または差、という指標で比較しています
<T細胞の反応>
GM-CSF, IFN-γ, IL-1β, IL-2, IL-4, IL-5, IL-6, IL-8, IL-10, TNF-αがどれくらい発現しているか、比較しました。
day 42では、GM-CSF, IFN-γ, IL-5が、アジュバント+ワクチン群がプラセボ群より多かったです。
その他詳細な結果は略とします。
解釈は?
このワクチンの安全性はある程度担保できたような結果となりました。
Phase-2 trialに進むと思いますが、同時にワクチン開発の難しさも露呈されました。
A:ヒトで病気を防げるかは分からない
蚊の唾液由来のワクチンで、蚊に刺されて抗体ができるのは当然です。
病気を防げるか、というのは別次元の問題。
動物実験でできていても、当然人間でできるかはわかりません。
難しい事が予想されますが、完全に防げなくても、罹患リスクを下げることができれば偉業です。
こればかりは、疫学研究の結果を待たずには結論できません。
B:Phase-2の研究を行うのはかなりリスクが伴う。
次のtrialのポイントだと思いますが、どう設計されるかが注目されます。
致死的なウイルス感染症ですからね。あえて感染させたらかなりの問題となる。
おそらく、その感染症が流行っている地域で、ランダムにワクチン接種させ、長期フォローするんだと思います。つまり、結果が出るのはかなり先になりそうです。
C:ハマダラカの唾液由来の抗体だけど、テストされたのはネッタイシマカ
ワクチンはハマダラカの唾液由来で、他の蚊にも対応するよう設計されているようです(詳細は本文参照)。実際ネッタイシマカでも抗体は産生されました。
しかし、
・他の蚊でもしっかり抗体産生されるか
・ハマダラカに噛まれた時、過剰なアレルギー反応は起きないか
ということは、この研究からはわかりません。
D:抗体増加がそんなに持続しない
今回のprimary endpointはday 42での抗体産生だったのでそれはクリアしています。
が、1年後にはワクチン+アジュバント群とプラセボ群に差がなくなってしまっています。
ワクチンの打ち方を工夫すれば(3回打ちにするとか)もう少しどうにかなるかもしれませんが、ちょっと気になるデータでした。
*当然、蚊の種類が違うからかもしれません
結論
斬新なワクチンが開発され、phase-1 trialはクリアした。
今後に期待。
ではまた。