医者は激務だと言われますが、一つにはその勤務時間の長さがあります。
病院によりますが日本では週1回くらい、日直+当直(+日直)が基本で、その連続労働時間は36(24)時間を超えます。
これだと医療ミスが増えそうなものですが、実は「その医療ミスは超過勤務が原因なのか」と科学的に証明するのは難しいのです。
今回は、それを検討した研究を紹介。
医者の連続勤務を減らせば医療ミスは減るか?
医者の働き方、どうすればいいと思いますか?
現場の声があったり、厚生労働省が色々決めたり、、
すごいうまい解決策はまだ提示されていません。
そもそも、医者の連続勤務をなくした方がよい(=医療ミスが減る)のでしょうか?
そんなの当たり前だろ・・と思われるかもしれませんが。
そうとは言い切れない事情もあるんです。
↓
・忙しさはかなり病院による
・患者がこなければ自由に休める(所も多い)
・実務はほとんど変わりないながら、職位によって責任が異なる
・誰かが当直をしなければならない
・スタッフが慢性的に足りないので、誰かの勤務を減らしたら誰かの仕事が増える
・患者の病態を把握するのはずっと患者を見ていたほうが効率が良い場合がある。ICUとか。
→患者の受け継ぎが難しい場合もある
・24時間を超える手術とかもある(稀ですが)
とかとか
ということで、どれくらいの連続勤務を許容すべきなのか、長らく検討が続いています。
ここは医学=科学。疫学研究で検討されてきたのです。
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簡潔にまとめるとこんな流れです(アメリカの事情ですが):
✔昔様々な研究で、研修医の働きすぎは良くないことが示唆されてきました。
→2011年、(内科外科)研修医は連続16時間以上の勤務が禁止になりました
→このあたりは研修医を保護する方向に色々動きました。
→でもその代わり上級医の仕事が増えるわけです。しかも研修医が医者として十分にトレーニングを受けられない場面も。
→この動きは過度に研修医保護に偏ってしまったのでした。
✔2017-18年にFIRST trialとiCOMPARE trialという研究が発表、連続勤務の上限を決めることに疑問が呈されました。
→2017年より、研修医の24-28時間の連続勤務が許容されるようになりました。
しかし、この2つの研究にはlimitationがありました。
・FIRSTは外科研修医1年目を対象としているが彼らはほとんど手術室で過ごすことはなかった
・iCOMPAREは統計的powerが足りなかったり、その他いろいろな交絡因子や選択バイアスがある
ということで、新しいランダム化試験(ROSTERS trial)が行われ、今週発表されたのでした(N Engl J Med 2020;382:2514-23.)。
この研究を基に、医者の連続勤務について考えましょう。
どんな研究?
小児ICUで働く2,3年目研修医が対象となりました。
こんなランダム化試験デザインです↓
・2つの病院の小児ICUをペアとする
→片方を連続勤務なし、片方を連続勤務ありスケジュールとする
→4ヶ月で慣らし、8ヶ月間のデータ収集
→スケジュールを入れ替える
→4ヶ月で慣らし、8ヶ月間のデータ収集
→おしまい
*全部で6病院となりました
こうすることで、連続勤務ありvs なし という戦略をランダムに比較できている訳です。
ちなみに、
連続勤務あり:コントロール、日直+当直の24時間勤務があるスケジュール
連続勤務なし:シフト制にして16時間以上の勤務なしとするスケジュール
です。
主要アウトカムは、serious medical errorです。
これは、
・Serious medical error:preventable adverse event + near miss
・Preventable adverse event:医療により患者に不利益が生じた、エラーによるもの(vs. non-preventable)
・Near miss:エラーしたが途中で気づいたり偶然大丈夫だったりして患者に不利益が生じなかったもの
メインの解析は、「1入院に対する研修医のSerious medical errorの数」を比較しました。
*研修医毎の比較では無い点に注意。
結果、なんと連続勤務ありの方が・・・
さて、面白い結果となりました。
結局3500入院ずつくらいの比較となりました。
連続勤務なしの平均勤務時間は週62時間、連続勤務ありは週68時間でした。
*めちゃくちゃ少ない!と思いましたが、それが現代です
睡眠時間は平均して、週4時間ほど増えました。
研修医によるSerious medical errorは、
・連続勤務なし:1723件
・連続勤務あり:1268件
で、relative risk = 1.53 [95%CI: 1.37, 1.72]でした。連続勤務なしに、有意に多い!!
ちなみに小児ICU全体としてのserious medical errorも、研修医の連続勤務なし戦略の方が良い結果となりました:relative risk = 1.51 [95%CI: 2.38, 5.90]
病院毎にみてみると、
・連続勤務なしの方が良かったのが1病院
・連続勤務ありの方が良かったのが3病院
・有意差なしが2病院
でした。
*次の話につながりますが、
・暇な(=患者が少ない)病院だと、連続勤務なしの方がよい
・忙しい(=患者が多い)病院だと、連続勤務ありの方がよい
結果でした。
仕事量で調整したら・・・?
連続勤務なしの方が仕事量(=見る患者の数)が増えたからよくないのかもしれません。
そこで、「1人の研修医が平均してみる患者の数」という因子で調整してみた所、
Relative risk = 0.54 [95%CI: 0.35, 0.85]
と、連続勤務なしの方がserious medical errorが少ない結果となりました!
統計的には、「連続勤務ありなしの戦略」と「1研修医あたりの患者の数」にinteractionがあったため、解釈が難しくなってしまいました。
解釈は?
まとめると、
・連続勤務なしにしたらserious medical errorが増えた
・特に忙しい病院に顕著。
・暇な1つの病院では、連続勤務なしの方がerrorが少なかった
・連続勤務なしにより仕事量が増えたことが大きな原因と考えられた
ということでした。
解釈の注意点は以下の通り:
・医療ミスの判断をしている人は、研修医のシフトを知っている=blindでない
・「仕事量での調整」についてはexploratoryであり、はっきりとしたmediatorであるとは言い切れない
(mediation analysisについては後日)
・アメリカの小児ICUで働く研修医、という限定された状況:日本の状況はまるで異なり、generalizabilityはあまり期待的できない
まあ常識的に考えれば、連続勤務なしにして勤務日を増やさなければ、1勤務日あたりの医療行為がかなり過密になり、エラーを生じやすくなるということでしょう。
特に研修医だと、情報が多いとうまく処理しきれなくなり、ミスに繋がります。
だからほどほどの負荷にすることが、無理やり連続勤務をなくすよりも大事。
そんなこと当たり前、と思うかもしれませんが、エビデンスとして提示するのはこんなにも大変なのです。
そしてこれは大事な報告だと思います。
つまり、お上(例えば厚生労働省)の命として、「研修医は連続24時間以上の勤務をしないように」と法令を作ってしまうのは、むしろ患者にとって良くない、ということを示唆しているからです。
*つまり、こういう当然のようなことを手間ひまかけてRCTで証明する類の報告は、その先に「どうシステムを変えるか」ということを念頭に置いています。
結局Policyを決める立場としては、ある程度ざっくりとした指針を提示する必要が出てきます。
それが「連続勤務の制限」であったり、「週間の勤務時間」だったりするわけです。
でも現場目線で考えると、そんな単純でない。
そもそも現状でどうにかうまく回すために、今の方針となっているのに・・・。
という事に関して、はっきりとエビデンスを示した研究かな、と思いました。
結論
「連続勤務を減らせば医療ミスが減る」という単純な事柄でない。
だからルールを決めるのは難しい。
ではまた。