「うんこかどうか」から疫学は始まった。

今回は衝撃的な歴史の話です。

「うんこ」論争。

これを期に、疫学が発展しました。

うんこが感染症の原因なのか・・・。

臨床研究や疫学に取り組む方は特に、この「うんこ」論争、絶対に知っておきましょう。

 

 

「うんこかどうか」から疫学は始まった。

「うんこかどうか」から疫学は始まった。

冗談でない、本当の話です。

この歴史を知ることは、疫学の発展という意味でも、ストーリーとしても大変興味深いです。

 

この記事は、「Epidemiology and The People’s Health: Theory and Context」という教科書の第3章を参考にしています。

 

 

時は19世紀はじめ。致死的な病気が流行した。

アメリカ、フィラデルフィア。

致死的な感染症が流行し、とんでもない数の死者を出していた。

その病気の名は、黄熱病。

フィラデルフィアは死体の山と化していました。

 

この病気が何かしらの感染症であったことは、その頃の医者達に知れていましたが、その感染経路がわからない。

しかしどうにかコントロールしないといけない。

ここで2つの学派が確立したのでした。

 

・Contagionist:接触感染派

→直接の人と人との接触により、何らかの毒が媒介されている、という説を支持する学派

→より以前に流行した天然痘や梅毒などと同様、という考え方です

→上から締め付けて管理すれば良い、という前時代的な認識です

 

・Non-contagionist:うんこ派

→うんこが腐敗して産生される毒物が大気を汚染し病気を引き起こす、という学派

→環境改善が疾病予防に重要という主張で、結果民主主義を推し進める事となります

 

接触感染派が推奨する戦略は、当然「隔離」になります。

実際に兵隊を出動させ、大規模かつ厳格な隔離が行われました。

しかし、一旦は感染が落ち着くも、また近隣で発生する、という問題が生じていました・・・。

 

うんこ派が推奨する戦略は、街のうんこを無くし、清潔な空間を担保すること。

実際にきれいな街では発症数が少なかったのです。

しかしこちらの議論にも問題がありました。なぜ多くのアウトブレイクが港町で起きるか、きたない街でも発症は散発的なのか、なぜリスクの高い人ばかりが発症するか、説明がつかなかったのです。

 

 

接触感染派 vs. うんこ派

この2派の議論はかなり長く続きました。

一つの理由は、それまで「エビデンス」という概念がなかったから

皮肉にも、疫学という学問の発展は、このパンデミックを契機としたのでした。

 

***

接触感染派はかなり厳格な隔離を繰り返していました。

うんこ派の議論の一つの観点は、コストの観点で健康を議論したこと。

今でこそ医療政策学などとしっかりした学問体系がありますが、当時にはありませんでした。

 

うんこ派のEdwin Chadwickは、「うんこを原因とする疾病による死亡により、かなり大きなコストが生じている」と主張しました。

✔この議論の流れは、

うんこ→病気→働けない→貧困

というもの。

ポイントは、貧困が病気の原因ではなく、うんこを取り除けば全部よくなる、といったものでした。

 

*しかしすぐ後に「貧困が病気の原因である」という認識は、両学派に共有されることになります。

 

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1800年頃から始まった黄熱の流行ですが、最初のエビデンスらしき研究が発表されたのが1848年。

この研究はうんこ派のWilliam Guyという人物により行われたもので、職業によって発熱する確率が以下のように異なる、というものでした:

・ブリキを組み立てる職人:35.5%

・ブリキを作る職人:21.5%

・清掃業者(うんこを片付ける人):8%

・夜の清掃業者:4%

 

この結果は、うんこ派の議論とは相容れないもの。

Guyは、職業だけでなく、給料、栄養状態、住居の環境などが発症率に影響するだろう、と考察しました。

 

*****

このように、学派の議論により、病気の発症というものが実にいろいろな要因を原因とする、ということが深堀りされていったのです。

 

接触感染派のRudolf Virchowは1848年、「感染を収束させるには完全な民主主義を成立させること同義だ(やや意訳)」と言いました。

彼は後に、social medicineという学問の創始者となります。

 

更に時間が立ち、1883年、August Hirschは「接触感染かうんこかという事(原因)自体は、貧困層に特に病気が多いという傾向を解釈するアプローチと関係ない(やや意訳)」事を表明しました。

Disease distributionという概念において、非常に大きな進展が得られました。

 

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19世紀の中頃、うんこ派が優勢、となりました。

その後すぐ、本当の原因が「蚊」であることがはっきりしたのですが、公衆衛生的に重要だったのは、うんこ派の勝利でした。

結局両派とも間違っていたのでしたが、議論の核は「disease distributionの考え方」にあったのです。

接触感染派は「個人」を原因としていた一方、うんこ派は「社会」を原因と考えていました。

うんこ派が勝った事により、貧困層の環境改善、環境の浄化、民主主義といった方向に進んでいったのでした。

 

 

疫学の根本はここにある。

かなり面白い話だと思いましたが、2つ、ポイントを挙げてみます。

 

・疫学は政治と深く結びついていたのです

今でこそEBPM, evidence-based policy makingなどと言われますが、そんな概念がある前から、「病気を無くすにはどうしたら良いのか」というのは非常に大きな問題だったのでした。

簡単に言うと、みんな良い環境で幸せに格差なく暮せばよい、というのがおそらくの結論なのですが、それを導いてきたのが疫学と言えます。

今の民主主義の基盤となっているわけです。今でこそ、ほとんどの政策はある程度「了解可能」だと思いますが、そうなった経緯に疫学が活躍していたのでした。

 

・原因を突き止めることは難しい

今もほとんどの疫学の興味は因果推論にあります。

かなり複雑に数学的に発展してきていますが、そもそも「本当の原因」を眼中に入れていない場合、どうやっても因果関係を突き止めることはできません。

当たり前ですが、当時はそれがわかっておらず、50年以上も議論が続いたのでした。

今の研究はExposureとOutcomeを設定してから因果推論を行いますが、見当違いなことになってしまう可能性もある、ということを示唆しています。

*つまり、仮に当時、現代の数学的な理論体系があったとしても、蚊が原因であるとは突き止められなかっただろう、ということです。

 

 

いかがでしたか。歴史は勉強になります。

実際このパンデミックにより発展した知見はここで述べたことだけでないので、興味ある方は教科書読んでみて下さい。

ではまた。

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